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入院の日(12月10日)

入院の日は10時に受付を指示されました。

7時に起きて朝食、数日前から続いていた頭痛が取れず、鎮痛剤を服用しました。一応薄くメイクもしました。
荷物は大きな鞄に2つ分。父・母と車で病院へ向かいました。
9時半過ぎに病院に到着し、入院証書と保険証を受付に出しました。クラークの方に付き添われて12階の病室へ入りました。4人部屋で、私のすぐ後にも明日手術の方が1人入院し、満室になりました。

ベッドは入り口やトイレから遠い窓際でしたが、繁華街でビルばかり見える景色はいいとはいえませんでした。廊下を挟んで反対側の病室は公園や商業施設と音楽ホールが入った建物が見えて眺めは良かったようです。

荷物を置いたら体重と身長を量り、お風呂、洗濯室、自動販売機、給湯室の場所や利用方法の説明を受けました。
「後で看護師が説明に来ますので。」と行ってクラークの方は出て行かれました。
父も仕事があり、ここで帰りました。

着替えをして荷物の整理をしていると、看護師さんが来られて「既往歴、アレルギー、服用中の薬、食べ物の好み、趣味、キーパーソンは誰か、緊急連絡先、入院に関する心配事、看護に関する要望…」などの聞き取りがありました。
最後の質問に私が「特にありません。」と答えると隣にいた母が冗談っぽく「優しくしてください。」と言いました。看護師さんは律儀にそれを書き留めて行かれました。お母さん、ありがとう。

その後、クリニカルパスの説明がありました。
クリニカルパス
今回は日付も入って完成されたものでした。退院予定は術後8日(19日)。10日間の入院です。手術の翌日には『歩行可』…。大丈夫かな?
そのほか「看護計画(看護をこのように行いますという計画書)」をもらいました。
手術の説明時にもらっていた「手術同意書」「輸血同意書」等の書類を提出し、控えを受け取りました。
手術は12時頃からの予定で、家族は11時頃に来るようにとのことだったので、これを相方さんにもメールで知らせました。
「午後は剃毛や麻酔科の医師からの説明もあります。」と言って看護師さんは出ていきました。

してもらうこともなさそうだったので、「明日はよろしく。」と言って母には帰ってもらいました。

そうこうするうちにお昼になり、食事が来ました。
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と同時に剃毛のために先ほどの看護師さんが来られました。「あ、お食事先にしましょうか。」と言ってくれましたが、せっかく来られたので先に剃毛を済ませることに。
「(シェーバーの)音がするので…。」と案内されたのは『分娩室』。分娩台に紙のシートを広げて「ここに横になって下さい。」と言われて横になりました。初めて分娩台に上るのが出産ではなく剃毛とは…
この時看護師さんに「仰向けになると(お腹のふくらみで)筋腫が分かりますね。大きいですね。」と言われました。仰向けになると他の部分が凹むので筋腫があるのが分かる状態でした。
まずおへそにオリーブオイルを垂らされました。そして電気シェーバーで恥骨の上の部分を3㎝幅くらいざっと剃られました。「テープが恥骨あたりまで来るので。」とのことでした。もっと隅々まで剃られるという話も聞いていたので何となくほっとしました。
その後綿棒でおへそをゴシゴシ。「自分でお掃除してきましたか~。」と訊かれましたが「いいえ~。」です。「(汚れが)全然何もありません。」と言われて、なぜかちょっと得意な気分になりました。

「15時までにお風呂を済ませて下さい。」と言われ、部屋に戻り食事を済ませて入浴しました。これが手術前最後の入浴!と思って念入りに洗いましたが、実はお風呂は翌日の朝もう一度入ることができました。

お風呂から戻ると麻酔科の研修医N先生が麻酔に関する説明をしてくれました。今回は硬膜外麻酔と全身麻酔を使うこと、酸素吸入のために気管にチューブを入れること、このため術後喉の痛みや歯の損傷の可能性があること、その他体のしびれや悪心、寒気など起こりうる様々なケースを説明し、都度対応し、処置していきます、といわれました。
その後、口がどれくらい開くか、噛み合わせやぐらぐらする歯がないかのチェックをしてもらいました。
そして、「麻酔の説明および同意書」に署名をし、控えをもらいました。
N先生は本当に新米の先生だったらしく、説明の間に何度も深呼吸をしたりして、緊張した様子でした。立派な先生になって欲しいものです。

その後看護師さんが血圧と体温を測りに来た際に、職場に提出する診断書をお願いしました。
17時頃、K先生が来られて、「何か変わったことは無いですか?明日がんばりましょうね!」と言ってさわやかに去っていかれました。いつもさっぱり、さわやかな先生。

18時の夕食後
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19時頃、看護師さんが血圧、体温を計りに来た際に、就寝前に飲む睡眠剤(レンドルミン)と緩下剤(プルゼニド)をもらう。
数日前から続いていた頭痛が引かないため、「市販の鎮痛剤を飲んでもいいですか?」と尋ねたところ、別に鎮痛剤(ボルタレン)ももらって、これはすぐに服用しました。その後横になり少しウトウトしたところ、痛みは治まりました。

普段から寝付きは良く、横になればコテっと寝られる方。色々な方の体験談をネットで読んでいたおかげか緊張もしておらず、睡眠薬は無くても寝られそうでしたが、一応処方された睡眠薬と緩下剤を服用しました。
私の隣のベッドでは、私と同じ明日手術の方が、2リットルの下剤と夕方から格闘していました。手術によって下剤も色々使い分けがあるようですが、下剤を2リットル飲むのはいかにもしんどそうでした。

しっかり寝ておこうと消灯の9時半には横になり、いつも通りなのか薬の効果か、あっという間に眠りに落ちました。




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手術の日(1)

病院は6時が起床時間。半ごろ、看護師さんが体温、血圧、酸素濃度を測りに来ました。

7時頃に浣腸。前の晩に飲んだ緩下剤は効かなかったようです。
浣腸は部屋のトイレでしてもらいました。ベッドでしてもらってトイレへGO!の人もいましたが、トイレの方が良かったかも。「できれば5分我慢して下さい。」と言われ、5分我慢。もう少し我慢できそうでしたが、あまり我慢しても意味無いのかな?と思って、出してしまいました。その後も1度トイレに行きましたが、ほとんど何も出ませんでした。

「10時までにお風呂に入っておいて下さい。その後点滴です。」と看護師さんに言われ、今度こそ術前最後の入浴ということで、念入りに入りました。

入浴後、看護師さんが術衣を持ってきてくれたので、それに着替え、血栓予防のストッキングもはきました。点滴をしてもらい、急に病人っぽくなりました。
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11時前に母、相方さん、相方さんのお父さんが来てくれました。3人にベッドを囲まれ、話をしながら呼ばれるのを待ちました。

予定通り12時頃に看護師さんが呼びに来ました。点滴の棒を押しながら、専用エレベーターで手術室に向かいました。家族にはエレベータの前で「じゃあね。」と手を振りました。家族は別のエレベーターで手術室と同じフロアにある家族待合室へ移動しました。

エレベーターの中で帽子を手渡されて被りました。エレベーターを出て扉を二つくらい進むと手術の予定を書いたホワイトボードに私の名前があるのが見えました。私の名前の横にはK先生、昨日麻酔の説明をしてくれた研修医のN先生、もう1人麻酔科の先生、看護師さん3人の名前が並んでいました。
手術室にはオルゴール調の音楽が流れていました。

手術台のそばまで来ると名前を確認され、「念のため手術名を言って下さい。」と言われたので「子宮筋腫核出術です。」と答えました。
「横になって下さい。」と言われて手術台に横たわりました。手術台は思ったより狭く(広かったら手術の作業がしにくいですものね)、意外と柔らかく感じました。

心電図や血圧などを測る機械をペタペタと付けられたあと、「まず背中に麻酔を入れますので、横向きに寝て背中を丸めて。」と言われました。横向きに寝て膝を抱えるように丸くなると、術衣の背中が剥がされて(マジックテープで前身頃と後ろ身頃が分かれるようになっていました)、麻酔科の先生が私の背中に触りました。麻酔を入れる位置のことを研修医のN先生に説明しているのが聞こえました。N先生も「触らせて下さい。」と言って私の背中に触っていました。

その後、背中全面を消毒され、麻酔の管を入れるための痛み止めの注射を数カ所打たれました。これがとっても痛かったです。「麻酔入れていきます。横腹あたりが痛かったら言って下さい。と言われた直後、脇腹の内側をつつかれるような痛みがありました。これもかなり痛くて、思わず「いててっ!!」と言うと、その後はずーんと鈍い痛みだけになりました。なぜ横腹?!と思いましたが…。初めて感じる痛みでした。
看護師さんに「背中が赤くなってますよ。かぶれやすいですか?」と言われました。かぶれやすいことは無いのですが、アルコール消毒で赤くなることは多いんです。「お酒弱いでしょ~?」とも言われました。「そうなんです~。」などと答えながら、割と和やか。
背中にかぶれ防止のスプレーをシューッとしてもらい、麻酔の管をテープで固定して硬膜外麻酔の手順完了。

「さぁ、上を向いて。」と言われて体勢を変えたところで、ずっとおられたのか、K先生が視界に入りました。「お願いします。」と言うと、「がんばりましょうね。」とほほえまれました。

「では、麻酔入れますね。酸素も。深呼吸して下さい。」と言われて酸素マスク(かな?)が近付いてきて、数回呼吸をしたところで意識がなくなりました。

手術の日(2)

「るぅさん、終わりましたよ。」と声をかけられて目が覚めたのはナースステーションの横の観察室という部屋でした。翌日の朝まではここで過ごしました。

「気分はどうですか?」と訊かれ「ムカムカします。」と答えると『ここに吐くように』という感じで顔の横に器を置かれました。結局吐くほどではありませんでしたが、実際体を起こしてそこに吐くのは難しいんじゃ?と後から思いました。
吐き気はすぐに治まりましたが、お腹が痛くて体が重くて喉が痛いという状態でした。顔についている酸素マスクが鬱陶しかったです。

「ご家族を呼びましょうね。」と言われて、母と相方さんが(相方さんのお父さんは帰ったらしい)ベッドの側に来てくれました。2人とも顔を合わせた最初の一言は「(筋腫が)大きかったよ~!!」でした。「全部で381グラム、19個取ったんだって。」と相方さんが教えてくれました。「19個かぁ、そんなにあったんだ。」と思いました。時間を訊くと15時でした。少し話をしましたが、喉が痛くて小さな声しか出ないのと、酸素マスクをしているのではっきりと物が言えませんでした。

「明日また来る。」と言って母が帰り、16時半頃に相方さんにも帰ってもらいました。

ここから翌朝までは、時間の感覚があまりありませんでした。
お腹が痛いので、痛み止めの点滴を入れてもらいました。
定期的に体温、血圧、酸素濃度を測ってもらい、足にマッサージの機械(1回15分くらいかな?)をつけてもらいました。微熱があったので、氷枕を入れてもらいました。
「腰が痛かったら寝返りを打ってもいいですよ。」と言われましたが、腰も痛いけどお腹はもっと痛かったので、寝返りは打てそうになく、仰向けでベッドに張り付いていました。そうしていると看護師さんが、三角柱の形をした抱き枕のような物を腰に当てて、片側の腰を浮かせてくれました。これで楽になったかは微妙…。足と肩は上を向いているのに腰だけひねる形になるからです。いずれにしろ、痛みでされるがまま…という感じでした。

2回ほど「うがいをしますか?」と言ってもらいましたが、痛みでそれどころではなく、「いいです。」と断りました。消灯の時間前に蒸しタオルをもらい顔を拭いたのは気持ちよかったです。

消灯後はウトウトしては痛みと検温等で目が覚める…を繰り返しました。
思えば、この観察室で過ごした時間が、この入院で一番不安の大きい時間でした。手術前夜や手術台の上でも何とも無かったのですが。
大げさですが、痛みに耐えることも、順調に回復していけるのかということも、とても不安で心細く感じました。

術後1日

観察室で、目覚めたり、ウトウトしたりを繰り返しながら朝になりました。
6時、「愛の喜び」で目覚め(昨日の朝は気づかなかったけれど、お目覚めの音楽は毎朝「愛の喜び」でした。)。体温、血圧、酸素濃度を測ってもらいました。
この時、「ガスは出ましたか?」と訊かれました。夜の間に出てました!お腹は結構早い時間からグルグルいっていました。腸をガスが通る度にお腹が痛みました。

「痛いですか?鎮痛剤使いますか?」と訊かれました。当然お腹はとっても痛かったのですが、お腹を切っているので痛いのは当たり前…とも思えたので、逆に「普通どんなものでしょう?」と訊いてみました。「個人差がありますから…。痛みを取ってしまいたいと思われればお薬使いますよ。」と言われました。痛みは少ない方がいいに決まっているので「お願いします。」と、鎮痛剤を入れてもらいました。

その後、体を熱いタオルで拭いてもらいました。背中や腰を拭くときに体を起こされたりするのはものすごく痛かったのですが、汗をたくさんかいていたため体を拭いてもらうのは気持ちよく、とてもさっぱりしました。
ここでT字帯(ふんどしのようなもの)に紙おむつをショーツとナプキンに替えてもらいました。
このとき初めて気づいたのですが、指定された「前開きの寝間着」はボタンを全部外して腕を通し、体にかけてあるだけでした。背中側にはバスタオル。
体を拭いた後は普通に着せてもらいました。

そして「歯磨きをしましょう。」とベッドを起こされました。それはもう激痛。心の中で「ぎゃ~!!」と叫びました。歯ブラシとコップに入ったお水、口をすすいだ水をはき出す器をもらって歯磨き。歯磨きそのものは口の中がさっぱりしてとても気持ちが良かったのですが、終わった後は一刻も早く横になりたくて、看護師さんが来てくれるのを待ちきれずナースコールを押して、ベッドを元に戻してもらいました。

9時頃、元の病室にベッドごとガラガラと帰されました。そのとき入れ替わりに一名の方が退院され、私と同日に手術だった方が別の部屋へ移られたため、部屋には2人になりました。
部屋に残られたIさんが「お帰りなさい、不自由なことがあったら何でも言ってね。」と言って下さったのがとてもうれしかったです。
部屋に帰ってすぐに、傷のガーゼを外して防水テープを貼ってもらいました。これは退院前の診察まで張りっぱなしでした。

この後は定期的に体温、血圧、酸素濃度を測ってもらい、点滴の管理や足のマッサージなどをしてもらいながら過ごしました。検温などの時に傷のチェック(出血がないか)と、下からの出血の確認(ショーツを下げてナプキンにどれくらい出血があったか見る)もありました。この下からの出血の確認は、トイレに行けるようになって自分で見ることができるようになると、口頭で「出血はどうですか?」と訊かれるようになりました。人からショーツの中を覗かれるってすごい図ですが、体がしんどいので恥ずかしさは感じませんでした。
まだ体を動かすことはできず、ベッドの柵を頼りに腰をよじってみたり、膝を立てたりして、姿勢を変えました。

午後に母が来て、朝着替えさせてもらったパジャマを洗濯してくれました。
また、携帯で撮った、取り出した筋腫の写真を見せてもらいました。母はしきりに「大きかった!!」と言っていましたが、写真なので実感が湧きませんでした。直接見ることができず、残念でした。

そうしていると看護師さんが検温等に訪れ「ちょっと起きる練習をしてみましょうか。明日は尿管を抜いて、自分でトイレに行かなくちゃいけませんから。トイレに行きたくなって初めて歩くのはきついですものね。」と言われました。
それもそうだと起きあがってみることにしました。柵に捕まり看護師さんに補助してもらいながら何とかベッドに腰掛けてみました。お腹が痛い!のはもちろんですが体がじんわりしびれるようで、頭はくらくら。すっかり病人になってしまったようです。

看護師さんがダッシュでマグカップに温かいお茶を入れてきてくれたので、それを飲みました。おいしくて生き返る心地でした。
一息ついた後、ゆっくりと立ち上がり、脇を看護師さんにガッシリ支えられて、点滴の棒につかまってそろそろ歩きました。部屋の中のトイレの前まで、距離にすると4mくらい。指に酸素濃度を測る機械をつけていたため、酸素濃度の数値が下がると看護師さんから「今息してないでしょ。深呼吸して!」と言われました。這うようにゆっくりなのに50m走のように息を詰めてがんばっていました。
この日ベッドから離れたのはこの時だけでしたが、歩けたことで少し安心しました。

妹が雑誌を持ってお見舞いに来てくれ、少し話をしました。
夕方、母と妹は帰って行きました。

18時、ベッドを起こしてもらい、術後初めての食事。重湯、具なしのおすまし、卵豆腐、飲むヨーグルト。重湯には塩がついていて、それを少しずつ入れながら食べました。食欲もなく、おいしくも感じませんでしたが、早く良くなりたい一心で半分ほど食べました。飲むヨーグルトはひんやりとしておいしく、全部飲みました。
食事と一緒に、歯磨き用の水と、口をすすいだ水を出す器を用意してもらっていたので、歯磨きまで一気に済ませました。
早く横になりたかったので、ナースコールで看護師さんを呼び、ベッドを平らに戻してもらいました。
消灯前には蒸しタオルをくれたので、顔を拭いてすっきりしました。

消灯後、最後の点滴が終わり、点滴の針を抜いてもらいました。後は尿管と硬膜外麻酔の管です。
夜はゆっくり右を向いたり左を向いたりして腰をなだめながら寝ました。ベッドの上でも極力動作は少なく、ゆっくりゆっくりでした。

この日は定期的に体温、血圧、酸素濃度の測定、傷の出血のチェック、機械の足マッサージがありました。
一日中微熱があり、喉の痛みがあるのと体に力がはいらないのとで、声の出方も通常の半分くらいでした。

術後2日

6時起床。体温、血圧、酸素濃度の測定と傷のチェックで一日が始まりました。朝から足のマッサージも。
昨日点滴が終わったため、鎮痛剤としてロキソニンが処方されました。今日は歩いてトイレに行く日だ!と思い、早速服用しました。

その後、体を拭いてもらい、昨日母が洗ってくれた寝間着に着替えさせてもらいました。この日は自力でベッドに起きあがって体を拭いてもらいました。もちろんお腹はズキズキするし、起きあがるのに時間はかかりましたが、昨日のように頭がクラクラするようなことはなく、「これは歩ける!!」と思いました。

食事は五分がゆ。これも何とか自力で起きあがって食べました。お米の粒がある分、重湯より食べやすく感じました。

食事後の検温等の時、起きられそうか確認されて、尿管を抜いてもらいました。尿管を入れていたので、排尿時に痛みがあるかもしれないけれど、だんだん薄らぐので大丈夫、水分を摂って出した方がいい、と言われました。また、最初にトイレに行くときにはナースコールをするように言われました。
看護師さんが去るときに点滴の棒を持って行かれてしまいました。「あぁ!それを頼りに歩こうと思っていたのに~!!」と心の中で叫びましたが仕方ありません

そうこうしていると新しくKさんとWさんが入院してこられました。2人とも明日が手術だそう。
昼食後に父が来て、少し話をして帰りました。
その後母が来て、パジャマなどの洗濯をしてくれました。その後、妹も来てくれました。

しばらくしてもなかなか尿意が起こらないので「ひょっとして尿意を感じなくなってしまったの?!」と思っていたところ、検温時に看護師さんが「トイレに行ってみましょう。」と言うので、トイレに立ちました。
ベッドの柵につかまりながら起きあがり、いったんベッドに腰掛け、立ち上がりました。思った通り前日よりはしっかり立つことができました。点滴の棒が無くても、歩くのも前日よりずっとスムーズ(といっても超スロー)でした。前日のヨロヨロの「歩く練習」を見ていた母も、回復ぶりに驚いたようでした。
言われていた通り、軽い膀胱炎の痛みのような排尿痛がありましたが2日くらいでなくなりました。

14時頃、お腹が痛くなり始めました。じっと横になっていれば我慢できていた痛みがだんだん強くなってきました。朝、ロキソニンを飲んでから6時間以上経っていたので、薬が切れたのだと思い、薬を服用しました。30分ほど経っても痛みは治まらず、だんだん強くなっていったため、ナースコールをしました。
看護師さんに痛みを訴えましたが「薬が効くのを待ちましょう。」とのことで、少しでも楽なようにと、ベッドの上半分を少し上げ、角度を付けていってくれました。

その後も「痛い痛い。」と苦しむ私を母と妹は心配そうに見ていましたが、しばらくして帰りました。
痛みは5時頃まで続き、脂汗をダラダラ流しながら耐えました。

ようやく痛みが引いてぐったりしていると、看護師さんが様子を見に来てくれました。
その時に、まだ硬膜外麻酔の管がついているのを見て「今日外すはずだったのにね。」と言われました。外してもらえなかったのは、忘れていたのか、具合が悪くなったせいなのかは分かりませんでした。
背中からのびている管の先にはネットに入った小さなペットボトルのような物がついていて、その中に薬のパックらしき物が入っていました。看護師さんはそれを確認し、「もう空なので止めておきますね。」と、管を詰めて止めてくれました。
そのときに「切れてたんですか~。これを抜いたらまたお腹が痛くなるのかと思ってビクビクしてました。」「もう終わっていますから、大丈夫ですよ~。」という会話を交わしたのですが、今思えばこの日の午後に私が苦しんだ痛みこそ、硬膜外麻酔が切れた痛みだったみたいです。

その後は強い痛みが来ることもなく、トイレも順調にいくことができました。
食事も起きあがって摂り、
↓夕食♪
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下膳も自分でできました。部屋の中の洗面所で歯磨きをすることもできました。
こうして歩けるようになったので、午後からは足のマッサージが無くなりました。
ベッドに張り付いていた前日からすると進歩です。ただ、まだ動作は極力少なく。箸や歯ブラシ、タオルなど必要な物は多少雑然としても手の届くところに置いていました。家族が来たときはベッドに上半身を起こして、もたれかかって座る程度はしていましたが、基本的には横になってお腹の痛みを逃して過ごしました。
微熱も終日ありました。
寝るときはやはりお腹が痛むのと、硬膜外麻酔の管についているペットボトルのような物が邪魔でうまく寝返りが打てませんでした。

術後3日

6時起床。体温、血圧の測定。朝から平熱になりました。
術後初めて洗面所で顔を洗いました。

食事はこの日から全がゆになりました。
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食後8時頃に処方された最後のロキソニンを服用しました。
直後、K先生が来られて「どうですか~?」等、二、三言お話をしました。
8時半頃、麻酔科の先生が来られて、硬膜外麻酔の管を抜いてくれました。後には普通の絆創膏一枚でした。これですべての管が取れて身軽になりました。
「今日、シャワー浴びてもいいですか?」と尋ねると「いいですよ。」というお返事。

その後、看護師さんが来られて、検温等と傷のチェック。
もらっていたロキソニンをすべて飲んでしまったことを伝えて、また出してもらうようお願いしました。

同室のWさんが手術室に行くのを見送った後、10時半頃、早速シャワーを浴びました。腰をかがめてお腹をかばいながらなので、着替えなどに時間がかかりますが、問題なく入れました。髪・体を洗ってさっぱりしました。服を脱いだときは分かりませんでしたが、体をこすると消毒薬の茶色い色がタオルに移りました。
この時に初めて、お腹の傷を自分で見ました。と言っても、防水テープで覆われていたので、傷そのものは見えませんでした。見える範囲では特に赤くなったり腫れたりはしていませんでした。筋腫を取った分、お腹が凹んでいるのか、おへそから緩やかに脂肪でふくらんで、その下が平らになっているという変な形になっていました。そのうちいい具合に治まるのだろうと思いました。

試しに洗濯もしてみました。前日までは寝間着を母に洗ってもらいましたが、今日は自分で。
これで身の回りのことは大体できるようになったので、母に「毎日来てもらわなくても大丈夫。」とメールを入れましたが、「パジャマを買い足したので、今日はそれを持って行く。」と返事が来ました。

昼食、
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午後の検温等が済み、14時頃、母が到着。昨日痛がっている様子を見ているだけに回復ぶりに驚いたようでした。

同室のKさんが手術室に行くのを見送った16時頃、母が帰りました。

夕食後、
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20時の検温時、朝お願いしていた鎮痛剤がもらえませんでした。昨日の午後の苦しみが頭をよぎり、催促をして持ってきてもらいました。ちょうどお腹がシクシク痛んでいたので、すぐに服用しました。

夕方以降、喉がイガイガ、鼻水が出始めました。咳をするとお腹に激痛がはしるので、咳払いをして(それでも痛かったですが)咳を逃がしました。お腹が痛いと鼻もかめないことも知りました。
直前の検温で微熱があったので、暖かくしてすごしました。

夕食後に果物が食べたくなったため、1Fの自動販売機にフルーツジュースを買いに行きました。12Fから1Fへ、初めての遠出でした。
それを飲みながら、術後初めて相方さんと電話で話をして、回復ぶりを伝えました。

前日、寝返りをうって横を向くとお腹がつれたように痛んだので、バスタオル2枚を畳んで抱き枕を作ってみました。硬膜外麻酔の管やペットボトル(?)がなくなったので寝やすくなりました。
寝返りはまだゆっくりゆっくり。仰向けの時は膝をたてるとお腹が引っ張られる感じがなく、楽でした。

術後4日

6時起床。前日の微熱が下がり、平熱に戻りました。前日よりも少し腰を伸ばして歩けるようになりました。速度はまだゆっくりゆっくり。
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食事は、昨日でおかゆが終わり、普通食になりました。

時間がたくさんあるので、洗顔・歯磨きも時間をかけて丁寧にしました。
9時頃にロキソニンを服用。
先生が来られてお通じがあったか尋ねられたので、ないですと答えたところ、薬を出しますとのことでした。
食事が始まって3日経つのに、この時お通じがまだでした。普段から規則正しい方ではないので、こんな物かと思っていましたが、お腹に力が入れられないので、心配になってきました。

昨日手術だった同室のWさん、Kさんが部屋に帰ってこられました。2人とも腹腔鏡での手術で、部屋に帰ってきたときには尿管が抜かれていて、起きあがって重湯の朝食を食べていました。昼・夜はおかゆ、明日から通常食だそう。トイレにも歩いて行き、午後には洗濯などもされていて、回復具合は私の術後2~3日後くらいの感じで元気そう。退院は私と同じだというから、早い訳です。

10時前、手術室の看護師さんがアンケートに来ました。肌がかぶれやすいようだったがその後は?、麻酔後にふらふらしないか、しびれはないか、手術室で寒かったとか、不快・不安に思ったことはないか等を訊いて行かれました。

10時頃の検温等の時間後、10時半頃にマグラックス(便に水分を含ませ、柔らかくする薬)とプルゼニド(緩下剤)が出ました。
この時は薬剤師さんも来られて薬の説明がありました。マグラックスは毎食後2錠、プルゼニドは就寝前に2錠が基本だが、薬の効き具合を見ながら、薬の数や服用する回数を自分で調節してよいとのことでした。また水分を十分摂るようにとも言われました。
11時頃、処方された薬を服用する前に、術後初めてのお通じがありました。良かった。

12時、昼食。朝夕はお茶を配って行ってくれますが、昼は必要な人は取りに行くようになっていたので、自分でもらいに行きました。
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メニューは辛くないカレー。

食事後入浴。誰もいなかったので一人でゆっくりシャワーを浴びました。
前日は立ったままシャワーを浴びましたが、この日はお風呂にあった介助入浴に使う椅子を使ってみました。腰を曲げたまま長時間シャワーを浴びるのもくたびれるので、ゆっくりできました。脱衣所にもお風呂にも、ちょっとつかまりたいところにちゃんと手すりがあったりして、やっぱり病院って違うなぁと思いました。

13時頃、同室のIさんにお見舞いのお菓子をいただきました。
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北九州市小倉の「シロタ」のお菓子。本来はベーカリーだそう。小さくて軽いので、頂いた写真分、一人でペロリです
14時頃検温等にこられた看護師Sさんもシロタ↑を知っていて「おいしい!」と言っていました。

この日の午後はシーツの交換がありました。この時、シーツの下に敷かれていた防水シートが抜かれました。
新しくパリッとしたシーツ、気持ちよかったです。

17時半頃、先生の回診。「お腹動いてますか?」と訊かれたので、お通じがあったことを伝えました。すると「よし、木曜日に血液検査と診察をして、退院を決めましょう!」と言って、この日もさわやかに去って行かれました。
入院前の説明に腸閉塞の話もあったし、ガスが出たか、お通じがあったか毎日確認されるし、お腹がきちんと動いているって大事なことなんだなぁと改めて実感しました。

18時に夕食。
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マグラックスを服用しました。
そしてまたもや別腹。お見舞いのお裾分けにプリンをいただきました。

19時頃看護師さんが来て、鎮痛剤を服用したか確認されました。「朝8時頃飲んで、次は寝る前にと思っています。」と返事をしました。傷の確認では「きれいになってますね。」と言われました。この時は検温はありませんでした。良くなってきているからでしょう。

20時頃ロキソニンを服用しました。この日は術後初めて終日起きていたせいか、お腹がシクシク痛みました。でも前日までの痛みと比べたらずいぶん楽になり、回復しているのを実感しました。
体も動くようになってきたので、なるべくベッドから離れて動くようにしました。あまりすることはありませんが、用事はいくつにも分割し(普段と逆)うろうろしていました。そのほかの時間はベッドに座って音楽を聴きながら本や雑誌を読んだり、ニンテンドーDSでゲームをしたりして過ごしました。ノートにこのブログの下書きも始めました。

夜は消灯後も11時くらいまでテレビを観たりして過ごしました。
寝返りは前日よりは楽にできるようになり、バスタオルの抱き枕もこの日は使いませんでした。

術後5日

寝返りの度にやはり痛みで目が覚めるので、寝たり覚めたりで朝。ただ、日中もゆったり過ごしているので、眠り足りない感じはしませんでした。お昼寝もいつでもできますし。
6時半頃看護師さんが来られたけれど「どうですか?」と訊かれただけで、検温等はありませんでした。検温や血圧測定の間隔も開いてきて、良くなっていっているんだなぁと感じました。

ベッドから降りる動作が大分スムーズにできるようになり、歩くスピードも前日よりはUPしました。痛みはあるものの、寝返りもスムーズに打てるようになったので、腰の痛みが楽になりました。
このときはまだ咳・くしゃみができないのと、鼻がかめませんでした。風邪気味の状態が続いていたので、お腹に力を入れないように鼻をかむのが難しく、すっきりしない感じでした。
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この朝から、朝食をパンにしてもらいました。毎食ご飯より変化があっていいかなぁと思いました。普段から朝食はパンなので、とてもおいしく感じました。

朝食を食べている最中にK先生の回診があり「痛みはどうですか?」と訊かれました。「ずいぶんいいです^^。」と答えると、笑顔で去って行かれました。さわやか。
朝食後は昨日もらったマグラックスを2錠服用しました。9時半頃にはロキソニンも飲みました。

鼻のグズグズが治まらず、入院時に持ってきたティッシュが足りなそうだったので、翌日来る予定だった母に「来るときにティッシュと(暇つぶし用に)新聞を持ってきて。」とメールでお願いしました。母からは「じゃぁ、今日行きます。」という返事が来ました。

11時頃に看護師さんが来られました。この時は検温がありました。

そしてお昼ご飯。
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食後すぐ、シャワーを浴びました。この時間はすいているようで、この時もお風呂は私一人でした。
毎日大して体を動かす訳ではないのですが、病院全体が空調が効いて暖かいため、ちょっと布団を掛けすぎたり、痛みをこらえたりするとすぐ汗をかきます。シャワーを浴びると身も心もすっきりです。
ナースステーションでドライヤーを借りて病室で髪を乾かしました。風邪気味なのでしっかりドライ。

その後洗濯をしながら、お見舞いのお裾分けでいただいたモロゾフのゼリーを食べました。暖かい部屋でひんやりしたゼリーはおいしかったです。ゼリーもクリスマス仕様でした。
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14時頃、お願いしたティッシュと新聞を持って母が来てくれました。外は寒いようでとっても厚着をしていました。「ここは暖かいね~。外はすごく寒いよ。」と言っていました。
一日間があいただけで、私がずいぶん元気になっていたので、驚いたようでした。
病室で過ごすのにも退屈していたので、1Fにあるレストランへ行き、母とコーヒーを飲みながら少しおしゃべりをしました。病院の玄関から吹き込む風は冷たく、母と同じように厳重に着込んだ人がたくさんいました。
私が手術室にいる間の相方さんの様子など聞いて、しばらくおしゃべりしました。次は退院の日に迎えに来てもらうようにお願いし、母を見送り、病室に戻りました。

15時半頃、術後2度目のお通じがありました。マグラックスのおかげで柔らかめで、腹筋を使わないで済みました。これで今夜もプルゼニド(緩下剤)は飲まないで良さそうです。

夕方は同室の方々とおしゃべりをして過ごしました。数日一緒に過ごしてだんだん仲良くなってきて、手術の時の話とか、先生や病院のうわさ話などをして時間をつぶしました。
看護師さんが来て、「明日の朝一番に採血をするので、21時以降は絶食です。」と言われました。絶食と言っても夕食後から朝食前までの間のことで、しかも飲み物は飲んでいいので気楽でした。

18時に夕食。
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トンカツです!食べ応えありました。
夕食後にマグラックスを服用。
19時前に看護師さんが来られました。この時は体温と血圧の測定がありました。

その後、試しに階段を使って一つ上のフロアに行ってみました。階段は、上りも下りも平らなところを歩くのとそう変わらない感じでした。もちろん行きも帰りもスピードはゆっくりでしたが、階段だから特にお腹が痛むということもなく一安心でした。せっかくなので上のフロアの自販機でお水を買って戻りました。

この日はロキソニンは飲まず、11時半頃就寝しました。


術後6日

この日も6時起床。朝から雪が降っていました。福岡市では初雪でした。カーテンを開けて病室の方たちと「雪だね~。すごいね~。」とひとしきり盛り上がりました。入院しているとイベントが少ないためちょっとしたことで盛り上がれます。病室は暖かいのですが、カーテンを開けると窓からひんやりとした冷気が伝わってきました。

ゆっくりではあるけれど、ベッドから起きあがる動作がスムーズになってきました。6時半に採血でしたが、この時もよいしょっと起きあがって採ってもらいました。採血されながら「これは何を調べる採血なんですか?」と尋ねてみました。「色々調べますけど、一番は出血で貧血を起こしたりしていないかですね。」とのことでした。

その後別の看護師さんが来て、検温。そのとき、今日退院を決める検診があることを告げられました。時間を尋ねましたが、時間は不明で、先生が空いているときに外来か処置室に呼ばれるとのことでした。

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朝食後、マグラックスを服用しました。前日までは毎食後2錠ずつ飲んでいましたが、便がかなり軟らかい状態だったので、1錠に減らしてみました。
9時前に先生が来られました。「元気になってきましたね。昼からになると思いますが(診察に)呼びますね。」といって出ていかれました。

午後から診察なら早めに済ませておこうと、午前中にシャワーを浴びました。
お風呂から戻ると看護師さんが来ていて、検温等がありました。傷の確認もありました。

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昼食。牛丼です。デザートにブドウ付き。食後にマグラックスを服用。
お昼を食べた後はなんとなくそわそわしながら先生に呼ばれるのを待ちました。同室のKさん、Wさんも同じように診察を待っていたので、皆でそわそわ。
14時半、看護師さんにカルテの入ったバッグを渡され、外来で診察を受けてくるよう指示されました。

早速カルテのバッグを持って外来のある2Fへ行きました。カルテを受付に出すとすぐに呼ばれて、内診用の部屋に入るように指示されました。
内診台に上がると、先生が来られ、まず傷に張られた防水テープを剥がしてもらいました。そして傷の上、左右を手のひらでグッと押して、特に痛むところがないか確認されました。その後指での内診とエコーでの診察がありました。
順調に回復していると言われました
診察を受けながら、「傷はどれくらいの長さですか?」と訊いてみると「う~ん。6㎝、7㎝位かな?」とのことでした。

その後、先生から簡単な説明を受けました。
まず手術の説明。カルテには「手術時間1時間47分、輸血なし」と書いてありました。筋腫は19個、381グラム、分かる範囲はすべて取ったとのこと。筋腫は組織検査に出しているが、見たところ悪性の所見はなかったので、きっと大丈夫だろうとのことでした。
退院後は身の回りのことや家事は7割くらいの感じで始めてよく、それで体力の戻り具合が分かるとのことでした。1~2週間ぐらいかけて元の生活に戻る感じ。その後は自転車・車の運転等、できそうであればしても良いが、急に具合が悪くなったりしたときの事故が怖いので、短時間・近距離から始めること。
仕事もしていいが、はじめから全力でせず、7割くらいの力で始めること。
妊娠等今後のことについては、3ヶ月後位に紹介元の先生の診察を受けて相談すること。退院は予定通り(術後8日目)、退院後の診察は1月5日とすること。
大体以上のような内容でした。

診察が終わり、部屋に戻るとすぐに看護師さんが来られました。同室の方の体温を測りながら「診察行ってこられましたか?」と訊かれたので「はい」と答えました。するとさらに「テープを買っておくように言われませんでしたか?」と訊かれました。術後の傷を寄せるように固定して、傷をきれいに治すためのテープです。他人に見える場所ではありませんが、きれいに直れば嬉しいです。
「テープの話は聞きませんでした。先生に訊いてみてもらえますか?」とお願いしました。
「貼るとしたら明日です。」と言って看護師さんは出て行かれました。

家族に退院日を知らせるメールを打ち、診察時の先生との会話のメモをしていると、先ほどの看護師さんが来られました。「やはりテープは買っておいて下さいだそうですよ。売店で『スキントンテープ、術後に貼るテープ』と言えば分かります。幅広のを買って下さいね。」と言いながら、ポケットから幅2センチくらいのサージカルテープを見せてくれました。

話を聞くとどんな物か見てみたくなり、売店に買い物に行きました。1巻378円でした。
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売店から戻ってきてから、「傷を写真に撮っておこう。」と思い立って、カーテンを引いてベッドの上で傷の写真撮影会をしました。
撮った写真を見てみると、傷はおへその真ん中から7㎝下くらいの位置から、まっすぐ恥骨の上くらいまで。7㎝強の長さで、一番大きな筋腫が左側にあったせいか、真ん中より少し左よりでした。傷の両横が数カ所、えくぼのようにくぼんでいました。テープの上から見て思っていたほど血が付いたりもしていないし、赤く腫れたりしてもおらず、術後6日でこれならきれいなんじゃないかなぁと思えました。治るのが楽しみです。

この日は体をひねったり、手を伸ばして物を取ったりする動作が少しずつできるようになってきました。物を片づけたり取り出したりするのが億劫でなくなったので、今まで手の届くところに並べていたものを引き出しの中などに整理するようになりました。
歩くのもスムーズになってきましたが、売店の帰りに乗りたいエレベーターのドアが目の前で閉まってしまった時、ほんのちょっとの急ぎ足もすることができず、やっぱり普通とは違うんだなぁと実感しました。

18時に看護師さんが来られ「先生はテープの張り方の説明に来ましたか?」と訊かれたので「まだです。貼るのは明日と言われています。」と答えました。

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夕食後、マグラックスを1錠飲みました。
食べると腸が動くからか、術後は食後にお腹が痛みました。手術直後は、食後横になって痛みを逃したりしましたが、このころには横になるほどではなくなりました。

21時前に看護師さんが来られました。この時は検温や傷の確認もなく、食事量の把握だけでした。鎮痛剤の服用についても訊かれましたが、この日は1回も飲みませんでした。
11時に就寝。昨日まで「右→上→左」のような感じだった寝返りが「右→左」という感じで打てるようになりました。

術後7日

6時起床。看護師さんが来て、「痛みはどうですか?変わりありませんか?」と訊かれました。検温等はありませんでした。
寝ている間じっとしているせいか、朝動き出すときには少しお腹が痛みました。

この日も雪模様。明日の退院の日も寒くなりそうです。
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朝食後、先生が来られてテープの説明がありました。
「テープは3㎝幅くらいに切って、傷に対して直角に貼っていってください。ケロイド防止なので傷を寄せるような感じで貼って下さいね。自然に剥がれたらその部分を張り直す感じです。退院後の診察の時には剥がしてきて下さい。」とのことでした。貼る期間を尋ねると「3~4ヶ月くらいかな。そのテープを使い切るくらいでいいですよ。」とのことでした。

10時過ぎ、シャワーを浴びました。昨日までは傷に防水テープが貼ってあったのですが、この日は初めて傷に直接お湯をかけました。さすがにゴシゴシこすって洗うことはできず、泡でそっとなでる程度にしておきました。
11時頃、検温のために看護師さんが来られたので、退院後のお風呂は湯船に浸かってもいいのか尋ねてみました。「次の診察が終わるまではダメ」だそう。寒いのに。「何はいつ頃できる、というような表を後から差し上げますね。」といわれました。

その後、先生から説明されたテープを貼ってもらいました。テープを3㎝幅に数枚切っておき、人差し指と親指で、傷の左右から皮膚を寄せるように挟み、その上にテープを貼っていきます。テープは少しずつ重ねて上から下まですっかり傷を覆ってしまうように貼りました。数枚は自分でも貼らせてもらいました。「剥がれたら、剥がれた部分だけを補強するように張り直して下さい。」とのことでした。

この時傷をまじまじと見て、改めて思ったことを訊いてみました。「傷は縫ってあるんですかね?」ってことです。「中は溶ける糸で縫ってありますけど、一番外側は自然にくっついているだけです。」とのこと。やっぱりそうだったのね~。縫ってあるように見えないと思いました!
「ホチキスみたいなので留めるっていうのも聞いたことあるんですけど…。」と言うと「うちではあまり使いませんね。ホチキスでも横にプツプツって跡が残りますしね。」だそうで。「あ、(正確には)ホチキスじゃないですよね^^;。」と言うと「いえ、見た感じホチキスですよ~。」と。やっぱり?

明日の退院は会計が出来次第でいいですか?と確認がありました。「明日は退院の方が多く、会計に時間がかかりそうなので10時から11時頃になりそう。」とのことでした。
退院の時間を家族に知らせ、迎えに来てもらうようにお願いをしました。

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昼食。昨日の牛丼と似ていますが、この日はビーフストロガノフでした。
ナースステーションの前に1週間分の献立が貼られていて、よく暇つぶしに見に行きました。ご飯の量が多いのでご飯は残すことが多かったですが、おかずは大体完食していました。献立表に書いてあるカロリーは1900キロカロリー~2000キロカロリー強。ほぼ動いていないことを思うと多すぎるようにも思えましたが、入院中に体重が増えるようなことはありませんでした。微熱が続いたり、痛みをこらえたり、体が傷を治そうとする時には安静にしていても栄養が必要なんだろうと思います。風邪を引いて食べずに寝込んだりすると2~3日でげっそりしますものね。
食後にはマグラックスを1錠服用。

相変わらず少し風邪気味。鼻は弱々しくかめるようになりました。咳もできることはできるようになりましたがお腹にはとても厳しかったです。咳が出そう!と思ったら、ベッドの上に正座して(一番お腹に上手に力が入る姿勢でした。)お腹に手を当てて準備していました。

午後、明日はもう退院ですが、暇なので洗濯をしました。
14時半頃、看護師さんが来ました。この時は食事量のチェックだけでした。「後で退院後の生活指導の紙を持ってきますね。」と言って出て行かれました。

15時半頃、友人がお見舞いに来てくれました。ナースステーションの前の待合いで、持ってきてくれたコーヒーを飲みながらおしゃべりしました。帰り際に「腰を曲げて歩く姿が痛々しいね~」と言われました。自分ではかなり腰をまっすぐ伸ばしているつもりだったので、ちょっとショックでした。

17時頃、看護師さんが来て、「退院指導表」により退院後の生活について注意がありました。
退院指導表
1項目ずつ確認しながら、1月5日の検診後は特に注意を受けなければ日常生活に制限はないこと、意識して鉄分を摂ること、何か異常を感じたらすぐに病院に連絡すること、という内容でした。

その後、お通じがありました。薬のおかげか、毎日快調です。ただ、ちょっと効き過ぎている気がするので、今夜は飲まずに明日から朝夕二回にしてみることにしました。

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夕食を食べていると、薬剤師さんが「どうですか~?」と来られました。もう鎮痛剤を飲んでいないことをお話しし、お世話になりました、とご挨拶しました。

18時半頃、看護師さんが来られました。体温、血圧の測定なく、食事量の確認のみ。
19時過ぎ、先生が来られて、筋腫の組織検査の結果、異常がなかったことを教えてくれました。また、くれぐれも急に無理をしないようにと言われました。先生にも、お世話になりました、とご挨拶しました。

病院で過ごす最後の夜、翌日の朝を待ち遠しく感じながら、12時頃就寝しました。


プロフィール

るぅ

Author:るぅ
2009年12月、36歳で子宮筋腫核出手術(開腹)を受けました。
手術に至るまでの経緯、入院・手術のこと、術後のことなどをまとめています。

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